感情の忘備録

浪人時に精神病に罹患、二浪を経て、底辺大教育学部で病状悪化、読書感想文や感情を吐露したりしてます。

無題

 

今日もまた昼からスタートだ。

と言っても特に何かやり始めるということでもなく、ただ無為に時間を過ごす

というだけなのだが。

 

最近はあえて寝るのを遅くして昼間の虚無感から逃げようとしてる。

一度起きても惰眠を貪るようにまた寝る。

それを繰り返したら正午になっていたという訳だ。

 

こんなゴミみたいな日常から抜け出したい、しかしまだ薬の調整が合ってないらしい。

家で勉強しろと言われてもやる気がない、そんなときには図書館に行くのだがどうせ気持ち悪くなって帰ってくるのがオチだ。

 

今日も紫煙につつまれながら屈折した自我を背負って生きていく。

 

どうしたらこんなクソったれな日常から抜け出せれるんだろうか。

 

ルサンチマンが生まれた責任の所在は

 

日々は精神病という鎖に繋がれ、くだらないようにあっけなく過ぎ去っていく。

こうなったのは誰のせいか、俺か、親か、はたまた他人か。

 

どう考えても親だろう。

元々高校時代に長期休暇になると自律神経失調症になっていた。

 

問題は僕が現役の頃、愛知学院に受かった。

しかし親は私立で下宿は許さないと言った。

自宅からは通える距離じゃないのに父親は車で通えと言っていた。

浅はかな考えだ。

もうこの時点で子供の尊厳や権利を侵害している、所謂毒親だ。

つまり僕はアダルトチルドレンという訳だ。

こんなバカげた言動のせいで俺の人生は狂った。

 

しぶしぶ浪人してからは自律神経失調症がほとんどを占めていて自分で市販の睡眠導入剤を買ったがまったく意味がなかった。

それを親にも言ったが何も返事がなかった。

理想はここで親が心療内科を勧めることだった。

 

結局僕は親から徹夜をしろと無理強いされてカフェイン剤を飲んで寝ないようにして動物園に行ってたら発作が出た、当時は熱中症かと思っていた。

 

のちに社会性不安障害と発覚するのである。

 

こんな目にしといて親は何の気もなしに過ごしている。

生まれてきた場所が悪かった、生まれたのが間違いだったのだ。

退屈な日々にうんざりする。

 

目が覚めたのは昼間だった。11時30分、丁度新元号が発表される時刻だ。

そんなことはどうでもいい。

こんな腐った日々はそんなもんには目もくれない。

 

今日は月曜日、また金曜日まで燻った日を過ごさないといけない。

昨日友人と遊んだのだが、途中のパニック発作で一人抜ける形となってしまったのが申し訳なかった。

 

毎日昼間の憂鬱をなんとか過ごすために最近はあえて遅くまで起きてそこから惰眠を貪るように昼間まで寝ている。

友人はバイトをしているらしいが僕は障碍者だから出来ない。

何もかも規制がかかる。

 

勉強しようにもする気が起きない、何故ならこの病が治らないからだ。

こんなこと言っているんだから余計大学に行く価値も見つからない、所詮ディレッタントなんだろう。

 

高1の時分は家でも何時間でも勉強できた、なのに今じゃまったくできない、集中も途切れる。

モチベも希望も何もかもない。

こんなんでこの先うまくいけるのだろうか。

 

いい加減な精神科医

 

僕はこの日を待っていた、前回の受診では「挑戦しろ」と言われた。

何故ならそうしないと病状が分からないからだ。

僕も腐らずにそう言われるように数々の挑戦をした。

色々大変だった。吐き気と闘ったり動悸や眩暈と闘ったりした。

 

次の受診でもう救われると信じていた、そのために膨大な時間を無駄にした、無為に時間を過ごしたし、惨めな気持ちもかなり多かった。

それも次の受診で救われると信じていたから出来たことだ。

 

すでに病院に向かう時点で吐き気がした。

待合室でもそうだった。

毎回1時間は待たされるが今回は今まで以上に今か今かと心待ちにしていた。

救済の時を待っていたのだ。

 

そして受診が始まった、これまでの病状を話したが結局カフェインは控えろという話であとはほとんど関係なかった、甥っ子が医大に受かっただとか、模試の話だとか。

 

今まで良心の呵責はあるが病気故にそうせざるを得ないので無為に過ごしてきた時間の堪えきれなさについて話そうとした、しかし話は遮られ、まだ安静にしろと言われた。

 

 

受診が終わってからは怒りと失望で希死念慮がかなり迫ってきた。

僕はもう生きる意味など無いのではないか。

まず反出生主義の時点で社会不適合者であり、今のステータスも一般人未満で将来も暗い。

 

元はと言えば僕が自律神経失調のときに無理に直そうとさせた母親のせいなのだ。

かなり寝不足が続いた日に強制的に徹夜をさせて体に負荷をかけて、結局こんなことになった。

 

しかし、家で勉強すればいいことだ。

だがもう大学に行きたいと思わない。

一抹の希望もない。

 

日記

 

今日は起きたのが昼だった、なんだか調子が良いような気がして図書館に行ったのだが病はそれを許さず、僕を苦しめた。

 

勉強をしているときに感じた息苦しさがそれだった。

 

腐って帰宅すると自分の部屋を暗くして閉じこもってくだらない動画を見ていた。

 

こんな風に時を過ごすのが苦痛だった。

 

午後はこんなしめったれた行動から始まってギターでもして誤魔化そうと思ったが何も楽しくない、弾きたい曲もない。

特にエレキがつまらない、あんなに金を出して買ったのにこんなもんなのか。

 

ベランダで煙草を吸っていたら楽しそうに海岸でカップルが戯れていた、くだらない。

そう思う一方羨ましかった、そのくらいには愛に飢えてるのかもしれない。

 

尾崎を聴いてなんとかこの憂鬱を昇華した。

「一本の煙草を吸い尽くすまでにどれくらい時を無駄に出来るか賭けよう」という言葉に惹かれて煙草をふかしていたり、歌詞に出てきたチョコレートという言葉でなぜだか無性にチョコレートが食べたくなってコンビニに行って煙草とチョコレートをそれぞれ2つ買ってチョコを食べては煙草をふかしていた。

 

最近孤独を感じる、宅浪ならではの問題だろう、僕には彼女もいないし、こんな顔面、ステータスじゃ誰も見向きもしない。

愛の渇望を感じるが、孤独に生きるしかないのだろうか。

 

僕の心には家族の愛なんて存在しない、ただ生まれたくなかった、それだけだ。

 

そういえば元日にヒスを起こして母親にキレたっけな。

 

くだらない。

 

何もかもくだらない、全て滅んでほしい。

 

いつになったら世界は終わるのだろう。

 

南海トラフでも来てみんな死んじまえばいいのにな。

 

感情の露呈

 

なんだか燻った日を過ごすとすぐにシラケてしまって、昨日や一昨日の楽しかった記憶がとても遠いものに感じる。

 

決して毎日が同じような日々というわけではないのだがパニック障害を患っていると自分の好きなことや、やらなければならないことが出来ない、そしてすぐに感情が暗くなる。

 

特に暗い部屋に閉じこもって病院に行くまでくだらないソシャゲや動画を見て過ごしていると気が狂いそうだ。

 

高校生の時は時間があれば英単語を記憶していたりしてとても時間を大切に使っていた、なのに今じゃ毎週薬を出されてそれが効くまでただじっと待つしかなくなる。

 

何も出来ない、いや、例えば図書館で勉強しようとしてもだいたい電車で発作が出るか、図書館で発作が出てすぐ帰宅して自己嫌悪に陥るというのがオチだ。

 

パニック障害なんてチープな病名の病気に罹って日々を無駄にすることがかなりつらい。

 

周りを見たら特に自己嫌悪がひどくなる。

みんな自動車の免許を取って、バイトして、カラオケで遊んだり、遠くに旅行に行ったりしていてなんだかとても1年前は同じ高校生活を送っていたとは思えない。

これは僕の状態もそうなのだが、人生は予測がつかない。

 

本当はこんな燻った人生を送るために青春を投げ捨てて勉強に打ち込んでた訳じゃないのに。

 

こんな後悔は数えしれない。

 

昔の自分に土下座してもおそらく赦してはくれないだろう。

 

今日も手持ち無沙汰で煙草を蒸かしては時計を見て病院の時間が来るのを待つ。

 

なんて空虚な人生なんだろう。

 

青春時代に精神病に罹った人間はもう人生を台無しにしてしまうかのようだ。

 

ただただ哀しい。

 

高校に帰った時に教員に哀しい目で同情されるような人生を送りたくはなかった。

 

この地獄はいつまで続くのだろう。

 

無題

 

なんだかとっても生きづらい。

 

というのもパニック障害、社会性不安障害のせいなのだが

 

  • みんな車の免許を持っているのに僕だけ病気で取れない。

 

  • 薬の副作用か、健忘っぽくなってる、食べたものが思い出せず母親からキレられる。

 

 

こんなものか、なんだか生きていて膨大な規制をかけられる。とても短い鎖につながれる。

それがパニック障害なのだが。

 

今日教員から言われた「健康が一番だから」という言葉が本当にその通りだとつくづく実感する。

 

おそらくあの人も色んなことを見たり聞いたり、経験しているのだろう。

 

なんかもう死んでやりたい気分だ