感情の忘備録

底辺高校から二浪して受験を終え、底辺大学の教育学部に入ることになった精神疾患者の日常の綴り

どこから来たのか、この焦燥感、嫉妬心

 

最近ヒップホップを聴いているが自分を磨くような、高めるような曲を聴いている。

まず頭に残るのは他人ではなく自分と闘えということや努力する人間は感動を生む。

そんなものだろうか。

 

でもどうしてもまわりを見てしまう、周りを見ても意味がない、嫉妬しか生まれない。

なんかすごいもやもやした気持ちがある。

 

名状し難い。

 

実際努力したから負けたという風にも捉えられる、言い訳ではなく、実際は環境や毒親のせいなのだ。

 

だから時折腐ってしまう、なんで今も努力しているのか。

意味が分からない。

煙草吸っても、スケボーしても何も晴れない。

少し通話をした。

そしたらなんか晴れた気がする。

 

本当はこんなことを書かないといけない訳じゃない。

もっと今までのことを書きたかった、けどよく分からない嫉妬や後悔が僕を苛ませる。

その要因に教育学部という言論統制があるからなのだろうか。

はたまた精神疾患はどうなるのか、大学に入ったはいいものの、中退はしないか。

 

勉強していても無意識に心、頭の中でいくらか苛まされている気がする。

また勉強しているが、これは僕の第一志望の大学なのか。

何のためにやるのか、そこまで至ったら終わりだ。

振りむいてはいけない

絶対に振り向いてはいけない。

 

過去現在未来三本勝負、

過は負けた、それは自他ともに認めるよ、だが今や未来は負けるわけにはいかないのだ。

 

だがな、なんなんだろうクヨクヨしているような。

 

合格祝いすらも奪う毒親、打算的な友好関係について、そしてセネカの怒りについて

 

なんとか大学に受かったものの、僕の両親は貧乏なので母親はお金がある父方の祖母から35万と100万を借りることになっている(どうせ今回も返さないだろう、そして実際掛かるのは83万だ。)

私文だから掛かる費用は少ない、国立に比べれば高いが。

 

僕は親と決別したいがためにこの地を去ることにしたし、だからこそ今では受かった大学を志望した。

 

その祖母は僕が浪人して苦しんでいたことや、本来ならば僕が一番頭良かったのに毒親底辺高校に入れられて四苦八苦して、パニック障害を背負って浪人したことを知っている。

 

だから姉たちより少し多くあげると言ってくれた。

 

しかし母親が35万にプラスして100万も搾取したので祖母はもう僕にまとまったお金はあげれなそうだったし、僕も馬鹿な母親だから仕方ない、合格祝いなんてものは無かったことにしようと思っていたのだ。

 

ちなみに合格祝いなんてしてくれるのは祖母だけだ。

 

しかし、煙草を吸っている僕はもちろんお金がないわけだ、日々生きてるだけでストレスが溜まる。しかし煙草は減っていく、当たり前だ。しかしもう僕は堪えきれないのだ。

 

それに入学前にいくらかテストがある、その中でも手強いのがTOEICだ。

そのために勉強をしないといけない、だから参考書も少しは買わないといけない。

 

金を稼ごうと思うが、バイトをしようとしても近くのコンビニは2回働いて最後にはもらえる給料が低くてバックレるようなことをしたからもうここにはこないでくれと、店長から言われた。

 

おそらく前の記事にも記述してある気もするが、ここでもう一度その辛酸を思い出してしまったのだ、読み飛ばしてもらっても構わない。

 

もちろんそれ相応には働いた。

22時から朝の7時までだ。

もうほとんど出来ても研修中という文字が名札から離れない。

それをいいことに当てつけに喧嘩を売ってくる人間もいた。

 

コンビニで働くということは奴隷に等しい。

 

当てつけにくだらないクレームをして、説明している途中に帰ったりするような人間は数多くいた。

 

まだ記憶にある。

 

常連では他店のコーヒーのサイズを言ってそれに戸惑った僕に怒鳴り、タバコ種類も数ある中で特定できないような発言をしてまたそれに戸惑うとキレだす老害

 

111番と言って探してる時にキレる黒ずんだ顔をしたおっさん。

 

それを記憶してそのおっさんとジジイが来たら準備するようにもなった。

 

黒ずんだおっさんはそれを覚えた僕に好印象を得たのか

嗤いながら「俺が一箱って言ったらどうするだ。」と

その人間はいつも二つ買うのだ。

レジにいなくても監視していないといけない。

チルド食品とか、離れた場所でも手で何箱か、合図してきたり。

 

そんな人間がいるようなバイト先で狂ったように働いても18万程度だ。

 

今となればその金額は高いとは思うが、働いた分に対して釣り合わない。

 

 

だから申し訳ないと思いつつも合格祝いをくれないかと祖母に頼んだ、そしたら10万は手元にあると。

 

だから明日もらいに行くつもりだ。

 

本当に立つ瀬がない。

 

 

昨日は母親に

「なぁ、もうそろそろ俺を子ども扱いするのやめてくんねぇかな。」

と言い始め

「まずあなたの人間性について問いたい。」

と言い母親の悪事を俺は問いただした。

当然、責められるとキレる訳だ、そこでまず「キレるな、落ち着け」となだめ、母親の悪事について把握出来たのでもう終わりにしようかと思ったが

 

最後には「ごめんなさい、私が悪かったです。申し訳ありませんでした。」

 

なんて言ってきた。

 

だから俺は「お前ふざけてんのか」と言った。

「もういいわ」

と言って話は終わらせようと思ったが、

母親に

「このことは祖母に対して変な印象を持たないように」

そう釘を打って話を終わらせたが愚図愚図言ってくるから

「もうこの話は水に流そう」

と言って黙らせた。

 

だが前述の通り、祖母曰く今日は借りる金額が100万になってるのだ。

ふざけるのもいい加減にしろよと。

 

俺は両親が死んでもお通夜なんか行かない。

絶縁する覚悟はもう十分に、とうの昔に出来ている。

 

ただ祖母だけは一番大切にしないといけないと思ってる。

 

打算的な感情かもしれない、しかし実際打算的な関係は円滑になることが多い。

賄賂だって、チップだって、そうだろ。

 

後に祖母と通話したのだが

「母親との関係を悪くしてもいかんし、〇〇(僕の名前)の正義感が強いところはいいところだと思うけどいいよ心配しなくても。」

そんなことを言ってくれたが普通悪事を見て、見て見ぬふりをするような人間はいるか?

いや、むしろ見て見ぬふりをする人間の方が多いのかもしれない、みんな大人の仮面を被った子供でしかない。

 

「大人は本当の意味で大人になれない」そうミシェル・ウェルベックもそういっている。

 

防衛医科大学のペーパーを通ってセンターは失敗したが国立大に入って教員になって、家族がいる優秀でまともな叔父と思ってたのだが祖母から過去のことを聞いて

「あぁ、人間はなんて卑賎な生き物だろう」と。

 

俺は母親のせいで底辺高校に入れられたし、パニック障害にもさせられた、不正を続けている母親に問い詰めたのは俺が尾崎豊が好きだからかもしれない。

 

彼は初披露の新宿ルイード

 

「自由じゃなきゃ意味がねぇんだよ」

 

「大人ってそうやって臭い物に蓋をして物事を分かったふりをしているけど本当はそうじゃないんだ、もっと大切なものがあると思う。」

 

そんなような発言をしていた。

 

たしかに、俺は英語教員に無意味な授業について論駁したりしていたが結局は俺だけが浮いて周りはみんな日和見主義だった。

どこか僕だけ浮いていてみんなシラケたような目線だった。

 

なぜなら俺より英語を出来る人間は学年でいなかったからだ。

 

だから英語の授業で映画を見て感想を書きましょうなんて授業では妨害しまくったし、それである女子からは「うるせーな。」とか陰口叩かれていたと僕の友人は言っていた。

 

俺は

「うるさくてもどうでもいいだろこんな授業、コミュニケーション英語という授業で映画を見るのか?それは正しいことか?何がコミュニケーション英語だよクソくらえ」

と俺は思っていた。

 

だからそんな教師になんてなりたくないと、一層強く思った。

 

 

 

 

最近セネカ(哲学者兼文学者)の「怒りについて」を読んでいたが

「賢者は不正を受けることがないなぜなら不正は彼に届かないからである。」

と言っていてほんとに馬鹿馬鹿しいと思った。

 

なぜならその不正とは自分を含め、不正を不正と思わないことであり、得を積むことで賢者になれるなんて書いてあったからである。

 

形而上に持っていくならまだしも何が賢者だよ。

 

ストア学派はこういった展開で論駁するのである。

 

たしかアタラクシア派を軽蔑していた内容だった気もする。

 

大学受験の終わり、思いがけない空虚感、いつもの不安や希死念慮

 

昼間にブログを更新したのだろうか、記憶にないが、とにかく僕は長野県の私大の教育学部に受かった、いや、むしろそれしか受からなかった。

 

教育学部は第二志望だった、本来なら経営学部が第一志望だった。

というのも公民の教員免許を取りたいと思ったからだ。

 

しかし心境は一転して教育学部に行きたいな、と思っていたので結局良かったのかも知れない。

 

僕が現役で受かった私大の前期に三回も落ちてから、祖母は毎日三回、亡くなった祖父

(幼い頃僕を可愛がってくれた)が神になったからなのか、または深志神社の菅原道真四柱神社の神かまたは数多の神が、俺を赦したのか、分からないが受かった。

 

しかし実際、なんだか受かっても不安はいつでも付きまとってくるものだ。

 

長野に行ってまともな心療内科が見つかるか、教員採用試験に受かるか(一発で受かるのはかなり難しい)受かっても教員になっていた時点でもまだ心療内科に通っているか、左手の苛立ちから来た根性焼きは治るのか、それとも現状のままか。

 

取り敢えず、僕は英語の教員にしかなれない事は分かった、だから英語を早く学ばなければと。

 

最近筋トレをしているがいつもベンチプレスやディップスだけなので勉強椅子を妨害しているマルチマシンは捨てた。

捨てるにも時間が掛かる、なぜなら解体しないといけないからだ。

 

その途中で一回友人とスノボに行ったときに知り合った国立大学の人と一年ぶりに会った。

 

まぁ、それなりに色々話した。

 

帰ってなんだか空しくなったが、それでも掃除は終わってない。

 

まず要らないものを捨てなければ、と。

 

机の一番上の引き出しは思い出が詰まっていたり、重要なものが入っている。

その中で名前のないDVDを見つけた、かなり傷付いていた、ホコリも付いていたので掃ってパソコンで再生したら中学三年の時分に未来の自分に宛てた内容だった。

 

皆が皆

「夢はないですが」

という常套句から始まっていてなんて類型的な人たちなんだろうと思いつつ見たら

やっぱり自分の場面が来るわけで、相変わらず

「夢はないですが、毎日一生懸命生きていたらいいです。」

なんて言いやがって。

 

たしかまだこの時は信州大の医学部に行きたいなんて思っていなかっただろう。

 

ただ今言えることは残念な人間になっていることは確かだ。

 

無理やり底辺高校に入れられたが偏差値至上主義になり、ガリ勉をしたが高校のカリキュラムのせいで現役は失敗、浪人を強いられパニック障害にさせられ、一浪目なんてパッとしない点数でそこら辺の現役生でも取れるような点数だったし、二浪して現役で受かった私大に三回落ちて、何とか行きたかった県の大学には入ったが信州大学ではないし、相変わらず学歴コンプレックスやパニック障害は抱えてるし、現実は充実していない、暗夜行路の中を夜露に濡れて生きている、この生存競争の中でどう生きるか、そこらの奴らみたいに健常者でもなく、充実もしてないし、ましてや彼女なんていない。

 

ただの後悔の塊としか言いようがない。

 

その人間が教員になんてなれるのか。

 

受かって一時の嬉しさや安堵はあったがそんなものは束の間に消え去って、また壁が出てくる。

 

一体僕はいくつの壁を越えれば幸せになれるだろう、障害を無くせるのだろう、厭世主義でいられなくなるのだろう。

 

 

眠れなかった昨日、そして迎えた合否発表

 

昨日は睡眠薬を飲んでも眠れなかった。

本来セニランという不安薬が処方されているのだが何故だかもうほぼ無かった。

だから仕方なくデパスをODした。

 

今日が合否発表だ、10時に俺の運命が決まる。

 

今度はどうなるんだろう。

 

自分から逃げることをやめた。

 

さっきブログを更新したばっかだが

俺はもう酒で現実逃避して、酔生夢死のような生き方は辞めた。

だから今日は酒なんて飲まない。

 

朝軽くスケボーしたが路面が濡れていて良い意味でも悪い意味でも練習になった。

特に路面が濡れているとスライドがしやすい、もちろん、ウィールは削れるが感覚を養うにはもってこいのトリックだ。

 

未だにオーリーやプッシュしてショービットなどは出来ないが、練習を重ねるにつれて出来るようになるだろう。特段、運動神経が悪いという訳でもないので。

 

帰って何をしようか、迷った。

ただ朝からAK-69や般若の曲を聴いていて強気でいなければ、と。

たかが合否発表で何を怖がる必要があるんだと。

別に国立大の合否でもないし、たかが底辺の私立だし。

落ちたらまた受ければいいけどまず偏差値40の学部に落ちるわけないし。

 

どんな問題でどれほど解けたか、実感はもう忘れてしまったが、試験を受ける前に神社で合格祈願のお守りと鉛筆をもらった。

 

合格祈願のお守りは縦長の紙に志望校を書いてお守りの後ろに入れるそうだ。

受かるといいが実際僕自身無神論者なのだ。

しかし日本人であるならば国家神道でも信じてみるか、そう思って買ってみた。

もちろん深志神社が好きというのもあったが。

 

というのもあって今日一日惰眠を貪って生きるのではなく、好きなことをして生きよう。

そう感じたのだ。

 

だから筋トレをして今に至る。

 

これから何をしようか。

 

ただ、大人というよりも仕事に就いても筋トレやスケボーなどはやれるような環境は欲しいなと思う。

 

それが生きがいかな。

 

迫る合否発表と眠れない日々

 

最近あんまり眠れてない、というのも合格発表が明日なのだ。

 

昨日は正午に起きて飯を食ってビールを飲んで抗鬱剤を飲んで寝た。

起きたら夕方になっていた。

現実逃避に精を注いでいるのだ。

その後はスケボーを軽くしていたら6時になっていた。

その夜も寝る前の眠剤を飲んで、飯とともにハイボール500ml飲んだ。

しかし何度か起きてしまった。

 

本来ならアルコールと眠剤抗鬱剤の組み合せはしたくないものだが

医者が寝れるような薬を出してくれないし、抗鬱剤もそろそろ底を尽きそうだ。

 

前回は現役で受かった大学に弾かれるとは思ってもいなかった。

だからふざけて合否発表をSNSで上げてた、しかしまさか現役の時に受かった同じ大学に三回も落ちるとは思ってもいなかった。

 

あぁ、明日のことを考えるだけで気落ちする。

 

明日落ちたらまた同じ大学を受けないといけない。

 

そして後期に現役で受かった大学の試験がある。

 

今年だけでどれだけ私大に金を払ったか、それだけもイラつくのに。

 

昨日のちょっとしたトリップとスケボーと筋トレについて

 

丁度目が覚めたのは10時頃だったか、姉たちの姦しい談話で目が覚めた。

 

昨日ビールを飲んで帰ってすぐに睡眠薬を飲んでかなり寝れた。

(寝酒は睡眠不足を促すというが、僕の場合薬の効果を増進をするから良かった。)

 

昨日の始まりはやっぱりあまり眠れず、朝に軽くスケボーして、筋トレして、正午に親友2人と焼津まで行って漁港の近くの土産屋を見物して、海鮮丼を売りにしている店に入った。

本当は筋トレをしたからビールは良くないのだが飲まないとやってられない。

早速ビールを飲んだ、すごく上手い。

まだビールは不味いという人が多い年代だがもう僕はかなりのストレスと挫折や徒労で二浪で現役で受かった三流私文に落ちたというレッテルを背負っているのだから。

 

ビールはストレスが上手くさせるのかもしれない。

 

結局その店で海鮮丼を食って土産を買ったのだが酒に弱い僕は一杯ひっかけただけで

酔おうと思えば酔える、煙草を吸えばいいし。

 

そのノリで値引きとかしてみたら全部成功した。

 

帰りはラーメン屋でビールと若鳥の唐揚げを食って帰って寝たという冒頭に帰結するのだ。

 

さて今日の話だが自分自身で感じたのはスケボーがかなり上達しているということ。

ウィリーもまぁまぁ出来たし、アイテム(長方形の台)も一発で乗れた。

 

家に帰り風呂に入ろうと思ったのだが、この後筋トレをするか、と思いシャワーを浴びようと思って脱いだのだが大胸筋の張りが全く無いように見えた。だからシャワーを浴びてから筋トレをした。

 

以前は

 

「ベンチプレスで自重を上げれた」と

 

実際自重以上上げれたのだが本来胸まで下げないといけないが僕は胸まで下げたことがなかった。

 

僕のマシンには安全バーが無いし、今まで重量調整で失敗して凄惨たるものになった。

だから胸まで下げなかった。

 

しかしそれでは意味がない。

だから30kgから始めて正しいフォームでまたやり直すことにした。

 

あぁ、合否発表まで時を待つのがしんどい。

 

「また落ちるんだろうな、まぁいいか。いや、良くない、なんで今まで勉強してきたのにボーダーフリーの大学に入らなければいけないのか。後期に前期落ちた大学を受けるが倍率が14倍以上だ、受かるのか。いや、俺は勝つ。絶対勝つ...本当に勝てるかな...」

 

未来のことを考えるとこんな矛盾で頭が一杯。