感情の忘備録

浪人時に精神病に罹患、二浪を経て、底辺大教育学部で病状悪化、読書感想文や感情を吐露したりしてます。

希望の日は諦観の日々に埋没していく

 

花粉症はつらい、パニック障害もつらい、生きるのもつらい、何もかもつらい。

 

ところで前回ブログを更新したのは5日だったか、気が付いたらあっという間に日々は過ぎ去っていた。

 

おそらくブログやSNSに没頭していないということはだいたい日々が充実しているか、一日一日生きるのに必死ということだろう。

 

今までを振り返ってみよう。

たしか前回の更新は医者に半ば匙を投げられてからだ。

薬も大して変わってない、ただ現状維持だ。

というか前回はだいたい話をそらされて終わった気がする。

 

スマホのアルバムを見て振り返ろうか。

 

6日の夜に桜を見に行った、そういう有料の花々を栽培している公園があるのだ。

といっても僕は去年の夏から通っていた図書館の入り口に囲むようにして咲き誇っている桜を見ながら桜吹雪に吹かれ、amazarashiのさくらを聞いて桜に囲まれた図書館の入り口を僕が入るはずだった任意の大学に思いを馳せて感傷に浸っていたほうがよっぽど良かったが。

それでもライトアップされた盆栽や池に反射して水面に写る桜を見て綺麗だなと思った、人工的で好きではなかったが。

 

というか、それよりも入園する前に吐き気が尋常じゃなくてつらかった。

早くパニック障害治してほしい、今後はどうなるんだ。

 

7日、特になし。

 

8日、記憶がなし。

 

9日、まぁ、今日なんですが今日は、、、いや、昨日はかなり早く寝た。

僕はイソミタールという一番強力な睡眠薬を飲んでるおかげで睡眠時間を操れるのだ。

去年の半分以上不眠でこの社会性不安障害になったわけなのだが、、、。

 

昨日は夜の8時に寝た、そして夜中の2時に起きて勉強をした。

無理やり希望を抱いて勉強に専念しようとした。

午前10時くらいまでは順調だった、当然やる気はなくなるが図書館に行けばいい。

しかしここでパニック障害発動、まんまと計画は崩れたのだ。

 

完全な人間というには不完全すぎる僕だがあいにく完全主義なのでもうやる気がなくなった。

 

手にしていたものはペンではなくなんと、ギターであった。

気が付いたらこんな時間もう個人的には一日が終わる。

ただ今日のギターは楽しかった、アコギはいつもそれなりだが友人からクリープハイプのナンタラカンタラコイセヨオトメという曲を弾いてみたいなこと言われたのでアコギでやってみたらかなり楽しかった、簡単だったけど楽しかった。

 

アコギは弦が固いので指の皮がすぐに開く、だから柔らかいエレキでやったらいままでパワーコード(たしか一つや二つの弦だけ弾く)ばかりで地味でつまらないと思っていったがかなり楽しかった、それはもうXJAPANバリのギターさばきでヘドバンに近い動きでかなり楽しんでいた(さすがにそれは嘘だがストラップもあったので弾き語りみたいな形は出来た)

 

最近思うことはなんだろう、進路の不安か。

 

このままパニック障害が治らなかったら大学にも行けないし、専門にもいけない、就職も出来ない。

女みたいにメンヘラだから養ってなんて言う訳にもいかない、もう袋小路なのだ。

女医でも探して主夫になるしかないか。

 

なんだかこんな何年も治るようなことがないような病気に罹患して、自分のやりたいことも出来ず、燻って生きていかなければならないなんて、あたかも自分のことを他人事のように扱わないと、生きていかないと気が狂いそうだ

 

だから本当は今日みたいにエナジードリンクなんて飲んで無理してはいけなかったのだ

 

(しかし深夜に起きて勉強して、ある時刻になったら暁の山々を照らす朝日やその稜線をみたり、富士山を見てセンチな音楽を聴いてタバコを吸うのがとても有意義な時間であり、人生の糧となる気がするのだ。)

 

今回はこんなところか。